大家族で家計厳しくも、父の愛に溢れた家庭だった

林下詩美
プロレスラーになった今、父の誕生日を抱っこでお祝い

── かなりハードですが、大家族となると食事の準備や食費のやりくりも大変そうです。

 

林下さん:食事の準備はときどき上のきょうだいが手伝っていましたが、食費はかなりカツカツだったと思います。夜ご飯は白米に醤油をかけるだけの日もあったし、白米とおみそ汁があれば「今日は豪華」、さらに卵焼きが出たら「なんていい日だ!」って思いました。たまには大皿におかずがドンって乗って、昭和の大家族のように早い者勝ちで食べる日もありましたが、鶏の唐揚げとか、そんないいものは出てこないですよ。

 

肉野菜炒めと言いつつほとんどもやしとか。あとは、具のないお好み焼きもよく出ましたが、ペラッペラで薄くて、ギュッと丸めたら拳に入りそうな感じです。テレビで「お米がないから小麦粉を使った料理ばっかり食べてる」と放送したら、番組を観た視聴者の方がさらに大量に小麦粉を送ってくれたこともありました。そのおかげで家族が食いつなげたので、ありがたかったんですけどね。

 

── しかし、食べ盛りの子どもたちにとってはお腹が空きそうな…?

 

林下さん:お腹は常に空かせてました。でも、小学生の頃は奄美大島に住んでいて、とても自然に恵まれた環境だったんです。おかずがなければみんなで木の実を取ったり、海で魚を釣ったり、海老を獲ったり、畑で野菜を収穫したり。お誕生日にケーキはなかったけれど、主役の子が好きなおかずをなるべく出すとか、ちょっと人より多めにおかずをよそうとかしていましたね。

 

父がなんでも楽しんでやっていたし、子どもたちがたくさんいて賑やかだったので、お腹が空いても全然、悲壮感はなかったんです。私も家族が大好きなので、みんながいれば満足だった。

 

── 改めて、林下さんにとってお父さんはどんな存在ですか?

 

林下さん:子どもの頃から今もずっと、絶対的な存在ですね。いつも子どもたちを大切にしてくれたし、これ以上ないくらいの愛情を注いでもらいました。人に挨拶をしないとか、家族の信用が崩れるようなときはきっちり怒りますが、自分が疲れたからと言って子どもに八つ当たりすることはなかったし、愛に溢れた環境で育ててもらったと思います。

 

父が何度結婚して、離婚しても私にとっては唯一の父です。家族がよりどころになっているのも、父が家族を大事にしてくれたからだと思っています。

 

取材・文:松永怜 写真:林下詩美