コンプレックスから解放されるには何が必要か。ドラァグクイーンや文筆家としても活動するエスムラルダさんは、表現をし他人からの承認を得られたことが大きかったといいます。しかし、本当の意味で「自分を肯定」できるようになったきっかけは、「周囲からのシビアなツッコミ」にあったそうです。

外見のコンプレックスがやわらいだ訳

── 一橋大学を卒業後、ライターや脚本家として多方面で活躍し、ドラァグクイーン、音楽ユニット「八方不美人」のメンバーでもあるエスムラルダさん。高学歴で複数の肩書きを持ち、才能に恵まれた人生に見えますが、「若い頃はコンプレックスの塊だった」そうですね。何が、そこまで自分を苦しめていたのでしょう。

 

エスムラルダさん:まず、外見に関する根深いコンプレックスがありました。生まれつき「口唇口蓋裂」という先天性疾患で、上唇が裂けて上あごに穴が開いていたんです。ミルクが飲めず、医師からは「生存は難しいかもしれない」と言われましたが、生後2週間たっても元気に生き延びていたので、親があわてて名前をつけたと聞いています。

 

子どものころは、上唇にこぶが2つあるような状態のまま過ごしていましたが、思春期になると外見が気になり始め、高校3年生から大学1年生にかけて、3度にわたって手術を受けたんです。でも、思っていたほどきれいにはならず、傷も残り、それが強いコンプレックスになりました。

 

エスムラルダ
音楽ユニット「八方不美人」によるライブ活動も

── 3度の手術を受けても残った外見へのコンプレックスは、どんな経験を経てやわらいでいったのでしょう。

 

エスムラルダさん:25歳の頃、すごく好きになった人と交際できたことが大きかったですね。関係は長くは続きませんでしたが、「こんな自分でも、好きな人と付き合える」と思えたことで、容姿へのコンプレックスはだいぶやわらぎました。

 

また、ドラァグクイーン(誇張した女性らしさや衣装をまとい、リップシンクや歌やダンスなどのパフォーマンスを行う)「エスムラルダ」として、ショーをやるようになり、それを面白がってくれる人や、「ファンです」と言ってくれる人が現れたことも大きかったですね。私は、メイクした顔が怖いと言われ、主にホラー系のショーをやっていたのですが(笑)、それまで自分では負い目に感じていた見た目も、キャラクターの一部として受け止めてもらえる。それにより、多少は「この顔に生まれてよかったのかも」と思えるようになったんです。

 

ただ、それで劣等感がすべて消えたわけではありません。若い頃は、才能や生き方などを人と比べ始めて、苦しくなることがたくさんありました。とくに大きかったのが、一緒にドラァグクイーンをはじめ、今もメディアなどで活躍している、友人のブルボンヌの存在です。