町おこしで感じた、芸能界に自分がいた意味

── 現在はバンド活動と並行して、町おこしの活動もしていらっしゃいますね。
岸田さん:はい。バンド活動で仲良くなって公私ともに本当によくしてもらった、桜塚やっくんが以前、茨城県取手市でイベントをしていて、現地のやっくんの知り合いの方にそのご縁をつなげていただきました。そこから、町おこしのイベントに呼んでもらったのがきっかけです。
── お笑いタレントの桜塚やっくんは、2013年に交通事故で亡くなられてしまいました。生前、とても親交が深かったとお聞きしました。
岸田さん:そうですね。やっくんとは共通点が多くて、バンドのイベントで一緒になってからあっという間に仲良くなりました。本当によくしていただきましたね。でも、あの事故があってからは、しばらく活動ができなくなるほど落ち込んでしまいました。
ライブをすると、やっくんのファンの方々が僕のライブにも来てくださったのですが、みなさんも本当につらそうな表情で…。それを見て「ステージに立つ人間として自分が落ち込んでたらいけない。目の前のつらい思いをしている方たちを笑顔にさせなきゃ」と考えるようになりました。
それで立ち上げたのが、「やっくんの桜の木プロジェクト」です。事故があった山口県美祢市の市長さんにお願いをして、音楽仲間やファンのみなさんと一緒に公園へ桜の木を植えました。「ここに来れば、いつでもやっくんを思い出せるし、また会える」。そんな場所を作りたかったんです。
── そのような交流があったのですね。現在では、多くの町おこしのイベントに参加されていますね。
岸田さん:はい。おかげさまでたくさんの町に呼んでいただいて、お手伝いをさせていただいています。プロデュースしている地域振興イベントでは、キッズダンサーが出演するもあるのですが、お子さんのご両親世代の方が喜んでくださる時もあって、ありがたいですね。「いいとも青年隊だった岸田健作だ」と懐かしんでくださる方も多いですし、僕が参加することでイベントに足を運んでくださる方もいます。スポンサーについてくださる方がいることもあります。
芸能活動をしていた当時、後半は「自分なんて芸能界なんて場所にいられるような人間じゃないのに…」と毎日苦しんでいました。でも、あの経験が今こうして誰かの役に立っているなら、あの頃の自分も無駄じゃなかったんだなと思えるんです。
── 今後の夢や目標はありますか?
岸田さん:バンド活動は、まだまだ小さい規模です。でも、自分の意思でやると決めたことを続けられているのが本当に楽しいですし、応援してくださるファンの方には感謝しかありません。
だから、もっともっと音楽を届けたい。もっと多くの人に知ってもらいたいし、今とは違う景色をファンの方にも見せてあげたい。そんな夢があります。あとは、やっくんからつなげてもらった町おこしの活動も続けていきたいですね。自分にできることで、少しでも地域の力になれたらと思っています。
── まだまだやりたいことがたくさんですね。
岸田さん:でも、バンド活動と地域の活動以外には、そんなに欲がないんです。もともと「お金が欲しい」とか、「遊びたい」という気持ちもあまりなくて。夢を叶えるために、今できることをひとつずつやっていきたい。それだけなんです。周囲からは「波乱万丈な人生だね」と言われますけど、僕自身はそんな実感はないんです。
ロールプレイングゲームってあるじゃないですか。僕にとって人生はまさにそんな感じで。ロールプレイングゲームってクリアするためだけにやるわけじゃないですよね。倒されたり、知らない場所を探索したり、そのプロセス自体が楽しいから続ける。人生も同じで、いろんな経験をして、いろんなアイテムやスキルを手に入れて、少しずつ強くなっていく。そのこと自体を楽しんでいる感覚なんです。
だから、心からやりたいと思わず「何となくやってる」ことよりも、「心からやりたいこと」を見つけて挑戦していくほうが、人生は充実すると思っているんです。他人にうらやましがられる場所にいるとかじゃなくて、自分が選んで行きたい場所に進んでいるかどうかが大事なんじゃないかなって。
いいとも青年隊をやって、路上生活も経験して、今はバンド活動と地域振興イベントのプロデュースをしている僕が言うから本当です(笑)。だから、他人からはいろいろ言われる人生ですけど、自分の人生の幸せは他人のモノサシで測るものではないので、自分で選んだ道を歩めている今は、とても充実しています。
取材・文:大夏えい 写真:岸田健作