18歳で『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)の10代目「いいとも青年隊」に抜擢された岸田健作さん。ギャル男なのに天然というキャラクターで人気を集め、バラエティー番組を中心に活躍しました。しかし25歳で芸能界を突如引退します。スポットライトを浴びるなかで強くなっていった心の影。岸田さんが抱え続けた息苦しさの正体とは。

「タモリの後ろなんかで踊れねーよ」

岸田健作
高校時代からダンスに明け暮れていた岸田さん

── 1997年『笑っていいとも!』を盛り上げるいいとも青年隊に突如抜擢され、注目を集めました。そもそもの経緯を教えてもらえますか?

 

岸田さん:高校生のときにダンスをやっていて、卒業イベントを六本木で開くことに。複合ビルの10階にあるクラブで開催したんですが、ちょうどそのビルの下の階で番組の撮影をしていたみたいなんです。たまたまエレベーターで、タモリさんや事務所の人と僕らが乗り合わせたんです。

 

── すごい偶然ですね。

 

岸田さん:ですよね。「超タモリじゃね!?」って、メンバーで大盛り上がりでした。今思い出しても相当失礼な話なんですけど(笑)。その後、クラブで踊っていたら一緒にエスカレーターに乗り合わせていた事務所の人が僕たちのフロアに来て、ダンスを見ているんです。その方に「事務所に入りませんか?」って声をかけられたのが始まりでした。

 

── 展開が早いですね!

 

岸田さん:10代目のいいとも青年隊を探していたタイミングで、しかもそのコンセプトが「ダンスが踊れる子」だったみたいです。でも当時は僕もとがっていたのと、仲間もいたのでついイキってしまって…。「俺はダンスでニューヨークに行くんだから。タモリの後ろなんかで踊れねーよ?」と。

 

── 実際に、ニューヨークでダンスを学ぶ夢があったんですか?

 

岸田さん:ないですよ(笑)。そんなこと、考えたこともありません。格好をつけて、大きなことを言っただけです。でも事務所の人からは「気が向いたら電話してね」と名刺を渡されて、そのまま帰宅しました。

 

翌日、両親に名刺を見せながらその経緯を得意げに話したら、両親は大慌てです。「タモリさんに会ったの!?」「こんな大きな事務所からスカウトされたの!?」って。最終的に「今から事務所に電話して、すぐに入ると言いなさい」と怒られました。それで、今まで使ったこともないような敬語で電話をして、昨晩の無礼を詫び、事務所に所属することが決まったんです。

 

そこから、ダンスのレッスンに通うようになって。気づけば半年後にタモリさんの後ろで踊っていました。

テレビ出演で抱いた戸惑いは次第に息苦しさに

──『笑っていいとも!』といえば、絶大な人気を誇ったお昼の番組です。テレビで見ていた世界に出演することになり、何か変わりましたか?

 

岸田さん:将来のことも何も考えていない、ただブラブラしているだけの高校生だったのに、『笑っていいとも!』に出て1週間後には街でサインを求められるようになりました。「嬉しい」という気持ちは当然あったのですが、実感はまったくなかったですね。むしろ戸惑いが大きくて、ずっとフワフワした気持ちだったと思います。

 

── 当時、いいとも青年隊の枠を超えて多くの番組に出られていた印象があります。 

 

岸田さん:そうですね。忙しくさせていただいていました。でも、『笑っていいとも!』の生放送が毎日あったので、無理なスケジュールを組まれることはなかったんです。無理をして体調を崩したら大変なので、事務所がすごく調整をしてくれて。だから「忙しすぎてつらい」と感じたことはありません。でも、お仕事をもらえばもらうほど、喜びよりも戸惑いが増えていきました。

 

── 何に戸惑われていたんですか?

 

岸田さん:普通の高校生が偶然いいとも青年隊になって、生活が一変してしまった。前日まで何ものでもなく、将来のこともほとんど考えていなかった自分が「岸田健作」として見られるようになる。街でサインを求められても、それが自分のことだという実感がどうしてももてないんです。なんでこんなことになっているのか、どうしていいのか、自分はここにいていいのかわからない、という戸惑いです。お仕事はとても楽しかったですし、やりがいもありました。自分なりに少しでも収録がうまくいくように毎回、努力もしていたんです。

 

でも、どんなに頑張っても手ごたえがないんですよね。僕は自分で芸能界を志して努力し、ここまで来たわけでもなく、運よくこんな大きな舞台に立ててしまった。その感覚がずっと拭えなかったんです。

 

── きっかけは偶然だったとしても、目の前のことに努力されていたんですよね。それでも、戸惑いがなくなることはなかったのでしょうか?

 

岸田さん:そうですね。いいとも青年隊を続けるほど、戸惑いは次第に息苦しさに変わっていきました。でも、しばらくはその「息苦しさ」の正体すらわからなかったんです。

 

そんなある日『笑っていいとも!』に出演したゲストの俳優さんが舞台の告知をしているのを聞いて、気づいたんです。「この方は、カメラが回っていない場所でも仕事をされているんだ」って。