「いつかは子どもが欲しい。でも現役をいつまで続けるかわからない」。柔道家の角田夏実さんは、現役時代から女性としての生き方に葛藤を抱えていました。そして、2025年の夏に卵子凍結を決断します。あれから1年。今の率直な本音を伺いました。

現役中から悩んだ「女性としての生き方」

角田夏実
引退後、仕事で陶芸にチャレンジした角田さん

── 2024年のパリオリンピックで金メダルを獲得し、2026年1月に引退を発表されました。現役時代は柔道優先の生活だったであろうなかで、引退前の2025年の夏に卵子凍結をされていましたが、なにかきっかけがあったのでしょうか?

 

角田さん:アスリートとしてではなく女性としての生き方については、引退する前から今後のことをふくめて考えていました。パリオリンピックで金メダルを獲ったのが32歳。現役を引退したのが34歳のときだったのですが、結婚願望や将来的に子どもが欲しいという気持ちは28歳くらいから強かったんです。「いつかは子どもが欲しい。でも現役をいつまで続けるかわからない」。そんななか、20代後半に卵子凍結という選択肢を知りました。

 

── 現役時代から結婚や子どもについて考えていたのですね。

 

角田さん:20代後半で結婚、出産をする友人が周りに増えてきました。友人などの子どもを見るとかわいくて、憧れはより強くなったと思います。

 

うちは両親がとても仲がよく、買い物も旅行もずっといっしょ。ケンカしているのかと思えばそれもふたりにとっての日常会話で、コミュニケーションを常にとっています。私が海外の試合に出るときも、ふたり一緒によく見にきてくれました。「すぐに負けたらせっかく来てくれたのに申し訳ない」と思っていたのですが、「それはそれで観光を楽しむからいい。ふだん行けない国に行くだけでも楽しい」と。そうした、いつも一緒にいる夫婦や家庭がいいなと思う一方で、私自身はいつまで現役で選手を続けるのかわからず不安がありました。

 

── 卵子凍結をされたのは2025年、33歳の夏でしたが、時間があいたのにはなにか理由があったのでしょうか?

 

角田さん:卵子を採取するためには排卵を誘発するためのホルモン剤を使う必要があります。当時はオリンピックを目指していたので、ホルモン剤を使うことでホルモンバランスが変化して体が変わってしまい、競技に影響が出てしまうかもしれないという不安がありました。アスリートでもオフシーズンに卵子凍結をする人もいるのですが、柔道は1年じゅう試合があるためオフシーズンがないんです。そのため、なかなか踏み切ることができませんでした。

検査でわかった卵子の数の少なさ 

── 踏み切ったのはやはりオリンピックが終わって、ひと段落したからなのでしょうか?

 

角田さん:オリンピック後に試合に出ない期間があったことも大きいですが、いちばんの理由は血液検査で卵子の数が少ないことがわかったからです。実は2025年の夏に病院に話を聞きに行ったときには、思っていたより金額面や副作用なども大変そうだし「やらなくていいかな」という気持ちになったんです。「でも、せっかくだし検査だけでも…」と軽い気持ちでやってみたら、体質的なこともあり、検査結果は「30代前半にしては卵子の数が少ない」というものでした。ならば、「いつか卵子凍結を」などと悠長なことは言っていられないと、すぐに決断しました。それがなかったらもっと後回しにしていたと思います。

 

── 実際に卵子凍結までのプロセスは大変でしたか?

 

角田さん:いちばん大変だったのは、排卵を誘発するためのホルモン剤の管理でした。ホルモン剤は冷蔵保管しておき、毎日決まった時間に自分で注射を打たないといけないのですが、夏なので泊まりの仕事のときなどは持ち運びが大変で。保冷バッグに入れて持って行き、仕事先で冷蔵庫を借りるなど管理に苦労しました。また、卵子が育ってきたらすぐに採卵しに病院に行かなくてはいけないため、スケジュールが読みづらく調整にも苦労しました。会社員の方が働きながら行うのは難しいだろうと感じました。

卵子凍結から1年、今の本音は…

角田夏実
現在は柔道の普及にも力を入れている角田さん

── 卵子凍結をしてちょうど1年が経ちますが、今の心境はどうですか?

 

角田さん:30代になってからずっと、将来、子どもが持てるか不安を抱いてきました。でも卵子凍結をしたことで、ちょっとですが心に余裕ができた気がしています。もちろん、卵子凍結をしたからといって、将来100%子どもが持てるわけではありません。卵子を解凍するときにダメになってしまうこともあるそうです。

 

ただ、なにもしないよりは子どもを持てる確率が上がったことで、結婚が今の最優先ではなくなり、今後の仕事やプライベートについてゆっくりと考えられるようになったので、気持ち的にラクになったと思います。

 

── このような人と家庭をつくりたいというお相手像はありますか?

 

角田さん:やっぱりスポーツが好きな人がいいですね。私自身、今まで以上に柔道を普及していくことをセカンドキャリアの大きな目標にしています。なので、スポーツに関心や関わりがあり共に活動してくれる人だと、両親と同じように常に一緒にいることができていいなと思っています。

 

取材・文:酒井明子 写真:角田夏実