「自分の病気や障がいをネガティブに思わない一番の理由は、妻と出会えたことです」。3歳のときに全身の筋力が次第に低下する難病・筋ジストロフィーと診断された平野誠樹(もとき)さんは、自身の結婚についてそう明かします。当初は周囲の不安の声が挙がるも、3年目を迎えた誠樹さん、美智子さん夫婦の結婚生活とは。
「以前お会いしたことが」運命の再会

── 3歳のときに筋ジストロフィーを発症し、中学生のころから車椅子で生活してきた平野さん。その後、電動車椅子サッカーと出合い、代表兼監督として4度の全国制覇も成し遂げています。プライベートでは、3年前にはパートナーの美智子さんと結婚されました。出会いはどのように?
誠樹さん:筋ジストロフィーによる筋力低下で、私は自分で体を動かすことができないため、自宅で訪問ドクターや訪問看護師のケアを受けています。以前担当してくださっていた訪問看護師さんが退職され、その後任として来たのが妻でした。
初対面のはずが、妻から「以前お会いしたことがあります」と言われて。実は2年ほど前に、電動車椅子サッカーチームとして、講演と電動車椅子サッカーの体験会をしたことがあったんです。私は、電動車椅子サッカーの選手や監督として活動していた経験を生かして、企業の障がい者スポーツ推進担当として、講演活動などを行っています。そのときも、電動車椅子サッカーの話や、普段の生活についての話をしました。
すると、最後の質疑応答で「休みの日は何をしているんですか?」と質問してくれた学生がいました。障がいのことでも、電動車椅子サッカーのことでもない質問だったので、印象に残っていたんです。それが妻でした。
── お互いの第一印象は?
美智子さん:最初から「なんだか気になるな」という存在でした。仕事ではもちろん看護師として接していましたが、何度かお会いするうちに、会うたびに少し緊張するようになって。
誠樹さん:僕は「この人、きっと面白い人なんだろうな」と直感で思っていました。いろいろ話してみると、妻もワーキングホリデーでカナダやイギリスに住んでいた経験があって、海外の話で意気投合しました。
あるとき、スケジュール調整のために妻がLINEを教えてくれたんです。普通は職場を通じて連絡するので、びっくりしました。それから仕事以外の話も少しずつするようになって、「この前見た映画、面白かったですよ」なんてLINEを送るようになりました。
美智子さん:そのころには、もう好きになっていたと思います。一緒にいる間も話が尽きなくて、私が家に帰ってからもLINEをつないで、寝るまで話をしていたよね。
「介護をするってこと?」両親の最初の反応
── 結婚を決められたのはいつごろですか。
誠樹さん:2022年の1月ごろから付き合い始め、年末には「ずっと一緒にいたいね」という話をしていました。
美智子さん:本当に自然な流れというか、日常の何気ない積み重ねで、「この人とずっと一緒にいたい」と思うようになりました。仕事の帰りに家に寄ると、「今日は暑くて疲れているだろうから、夕食をデリバリーしておいたよ」とか、優柔不断な私が決められないことを率先して決めてくれるとか。彼はいつも先回りして、私のことを気づかってくれます。
結婚という形にこだわらないパートナー関係もあると思うんですけど、私は「正式に彼と家族になりたい」と思いました。でも、両親に「仕事で知り合った人で、車椅子に乗っている」と話したら、最初は「じゃあ介護をするってこと?」と当初は心配されたんです。
もちろん私も日常の手伝いはしますが、彼の介助は基本的には24時間体制でヘルパーさんがしてくれます。彼は、車椅子でアメリカに留学した経験を書いた本を出版していて、その取材も何度か受けているので、家族には彼の記事や本も読んでもらいました。そうしたら父が、「俺よりよっぽどアクティブだな」と驚いて(笑)。実際に会ったら、家族は誰も障がいのことを気にしませんでした。「こんな娘ですが、よろしくお願いします」という感じでしたね。
誠樹さん:お会いする前はすごく緊張しましたが、自然に迎えてくれて、リラックスできました。私の両親は、訪問看護師として彼女には何度も会っていましたが、まさか結婚するとは思っていなかったようで、驚いていました。とくに弟は、泣いて喜んでいましたね。
ヘルパーさんとの共同生活に初めは戸惑いも
── 誠樹さんが車椅子生活をされていることは、結婚のハードルにはならなかったのですね。
美智子さん:障がいがあることを気にしなかったというより、それだけで彼を見ることがなかったんです。話していて楽しいし、一緒にいると自然で、人として魅力がある。私が惹かれたのは、そういうひとりの人間としての彼自身です。「障がいのある人を選んだ」という感覚ではなく、ただ「この人と一緒にいたい」と思った。それが私にとっては、ごく自然なことだったんです。
結婚したばかりのころは、ヘルパーさんが24時間体制で同居していることに少し戸惑いました。結婚前から彼とヘルパーさんたちとの関係はできあがっていて、私はそこに後から加わった感じだったんです。海外でルームシェアをしていた経験もあって、ヘルパーさんと一緒に暮らすことに抵抗はなかったのですが、20人弱のヘルパーさんが交代で勤務してくれているので、ルールは決めていても、一人ひとり物を置く位置などがちょっとずつ違うんですよね。最初は、「どうやって統一してもらえばいいんだろう」と気になったこともありました。
今思うと、「誠樹の介助にも影響があることだから、ちゃんとしなきゃ」と完璧主義になっていたのかもしれないです。今は、よほどのことでなければ気にならなくなりました。
彼とヘルパーさんとの信頼関係は深くて、なかには10年以上のお付き合いの人もいます。家族というよりは「チーム」ですね。誠樹が困っていることがあれば、「どうすれば解決できるか」をみんなで考えて工夫して、みんなで生活を作っています。旅行にも一緒に行きます。
誠樹さん:私は「チーム誠樹」と呼んでいますが、ヘルパーさんだけではなく、訪問看護師さん、訪問ドクター、歯科医、訪問入浴スタッフなど、本当にたくさんの方に支えられて、自分らしく生活ができています。だから、感謝の気持ちを伝えるのはもちろん、利用者と支援者ではなく、「人と人」として尊重し合うことを大切にしています。
美智子さん:彼は、一人ひとりにどう接するか、どう伝えれば相手がやりやすいか、いつも考えているんです。「Aさんはこの音楽が好きだから、今度一緒に聴こう」とか、「これは、得意なBさんに見てもらおう」とか。できそうで、なかなかできないことだと思います。
「この病気があったから、妻に出会えた」

── おふたりは結婚して3年。今も変わらないのはどんなことですか。
美智子さん:何かあれば、その日のうちにとことん話し合うことですね。
誠樹さん:妻の機嫌が悪いときや、嫌なことがあったとき、私にはすぐにわかるんです。そういうときは、「何かあった?」と聞いて、その場で話し合います。悪いところがあれば、お互い謝ります。
美智子さん:付き合い始めたころから、本当によくしゃべっているよね。
誠樹さん:妻は頭の回転が速くて、つねにマルチタスク。勉強熱心で、今も大学で新しいことを勉強している。妻が挑戦したいことは、何でも応援しています。私たちは、お互いが、お互いのファンなんです。今でも毎日「大好き」と伝え合っています。
ふたりとも旅行が好きなので、あちこちへ行きますし、月に一度は横浜スタジアムへ野球観戦に行きます。私が横浜DeNAベイスターズファンなので、妻を洗脳しました(笑)。
私が、自分の病気や障がいをネガティブに思わない一番の理由は、妻と出会えたことです。もしこの病気でなかったら、この人生も、この出会いもなかったかもしれない。妻との出会いは運命だと思っています。
取材・文:林優子 写真:平野誠樹