中学生のトニーニョくんと3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんとジャーナリストの夫・トニーさん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことや自分の幼少期の体験を、それぞれに語ります。

 

今回のテーマは「給食」。ベルリンに住んでいた頃、トニーニョくんの学校で起きた「給食改革」について振り返ってもらいました。

「お菓子もコーラも否定しない」ドイツの学校給食の度肝を抜く改革とは

息子の小学校では、保護者のあいだで「子どもの昼ご飯をめぐる論争」がときおり巻き起こっていた。

 

「栄養になるものだけを給食で提供しよう!」という強い意見を持つ人は約半数。塩分や糖分控えめで、必要とされているカロリー、たんぱく質、ミネラルなどがわが子の口に入るようにし、そうでないものからわが子を守ろう、というスタンスだ。

 

残り半数の保護者は、「コーラ、フライドポテト、お菓子など、健康によくないとされるものも、提供すべき」。こちらの意見の背景には、以下の2つの考え方があった。

 

①栄養になるものを好んで食べない子はかなりいる。そういう選択肢しかなければ、その子たちはほとんどなにも食べずに、空腹で学校から帰ってくる(給食代を払っているのに!)。

 

②世の中には、健康にいいものも、そう良くないものも、両方ある。子どもが今からその社会に適応できるように、同じ状況を学校内でももうけるべきだ。そうしたほうが、良い判断力が身につくようになる。

子どもの誘惑をぶった斬る!学校の予想外の工夫

このように、保護者の考え方は大きく割れていたが、実は「栄養にならないものも一緒に提供する」という意見が優勢だった。というのは、長年その論争が続いている中、給食カウンターにも販売機にも、お菓子やジャンクフードが提供されていた。よって、子どもはつねに「今日は健康に悪い食べ物か、それとも健康に良い食べ物か?」という選択に迫られていたのだ。

 

判断力を身につけてほしいとはいえ、そうなるまでに子どもが健康に悪いものに誘惑され、そればかりを食べるようになっては困る。

 

そうならないよう、学校側は徐々に対策を取り始めた。最初は健康にいいものも食べるよう、呼びかける程度だったが、次第に“ある理論に基づいた心理学”を利用するようになった。

 

その理論の名は「ナッジ」。2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授が提唱した「人々が強制的にではなく、よりよい選択を自発的に取れるように誘導する方法」だ。

小栗さん連載イラスト1

学食でのナッジ対策のひとつは、サラダバー。給食カウンターに向かう列の途中にサラダバーが設置されたのだ。こうすることで生徒が列で待機しているあいだ、ほかの子が目の前で色とりどりの野菜をとっている光景が目につくようになる。目立つサラダバーが導入されたことにより、少なくとも一部の生徒にとっては、「サラダを取る」ことがご飯時の「デフォルト」になっていたようだ。

 

サラダバーはセルフサービスで食べ放題だったのも、工夫のひとつと言える。まず、セルフサービスにしたことで、生徒はおかわりをするために長い列に並ばなくてすむようになった。その結果、時間をかけずに食べたい生徒は自然と、待たずにおかわりができるサラダバーを選択するようになったのだ。

「学校に甘いものを持参してOK!」その条件が衝撃的

おやつの時間も課題だった。多くの生徒は学校の指導に従って、トマト、きゅうり、にんじん、ピーマンなどの野菜を家で準備して、学校まで持ってきていた。でも、なかにはチョコレート、マフィン、お菓子などを持参する生徒も…。

 

先生たちは、最初は「甘いもの禁止!」という厳しい規制で対応していたが、そのうち「ナッジ理論」的な工夫を導入した。それは「家から甘いものをおやつとして持ってきてもいいが、その場合、クラス人数分を」というルールだ。

小栗さん連載イラスト2

1クラス25名前後いるので、みんなの分を用意しようと思うと、とてつもなくコストがかかる。例外なく、生徒が野菜のおやつに切り替わっていた。

 

「よりよい選択を自発的に取れるように」というのが「ナッジ理論」。それを試みた息子の学校には脱帽する。ただ、個人的には「甘いものを持ってくるなら、クラス人数分を」というアプローチが、「ナッジ」と「強制措置」の境目にあるような気がする。その効果は否めないけれど。

文/トニー・ラズロ イラスト/小栗左多里