2019.12.27
2020.04.09
世の中には理不尽な問題がたくさんあります。社会の理不尽な問題の多くは弱者としての若者の問題でもあります。この講座では理不尽な社会問題を取り上げて、それが「なぜ解決できないのか?」「状況がよくなるためには何をすればいいのか」を考えていきたいと思います。
「重要な話を上司に訴えても、まったく聞く耳をもってもらえない」
私が20代の頃、何度も経験してきたことですが、これはサラリーマンの世界では“あるある”現象のようです。大多数の若者は上司にまともに話を聞いてもらえない経験を何度も何度もしているものです。
私が駆け出しのコンサルタントだった頃の具体的な経験を例に、この話を始めたいと思います。若いコンサルタントの役割はいろいろな人の声を集めて現場や末端で何が起きているのかを把握することです。
当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です
なぜ聞く耳をもたない上司がいるのか
「今年に入って値崩れが起きて、それがいちばんの問題だと認識している卸が何社もあります」
「コスト削減努力でできる範囲の対応よりも円高の進みが速いので、『国内だけの対応ではいずれ破綻する』と工場の幹部が言っています」
例えばこんなレベルの情報を現場のヒアリングで聞き取ってそれを上司に報告するわけです。
ところが同じような報告をしていても、耳を傾けてくれる上司と、まったく聞く耳をもってくれない上司がいます。
「値崩れなんてしょっちゅう起きることじゃないか。それを言い訳にしているだけだろう」とか、「現場の言い訳を聞いてくるのがお前の役目じゃないんだ。もっとましな情報を取ってこい」といった反応をする上司です。
実際にはその後、その上司にもいろいろな方面から同じような情報が入ってくると、彼は簡単に考えを変えて、「値崩れによる収益性低下が、主要卸がこの商品に力をいれようとしていない理由だ」とか、「今進めているコスト削減施策は続けるとして、海外の生産拠点を確保しなければこの問題は解決しない」などとクライアント幹部に対して力説するようになります。
「いやいやそれ、私が2カ月前から言っていたことでしょう?」と内心思うのですが、残念なことにこの発見は上司にとってはこの2カ月かけて総合的に情報を分析した結果たどりついた結論なので、私には何の手柄も残りません。
上司の頭の中にある部下の印象
正しいことを伝えていても聞いてもらえない。正しかったことがわかってもそれは私の貢献とはみなされない。もう1つ言ってしまうと、後の評価のタイミングでは「コミュニケーションスキルに欠け報告能力が低い」とマイナス評価されてしまう。なぜそんな理不尽なことが起きるのでしょうか。
簡単に言えばこのような理不尽な上司の対応は、上司の頭の中にある私に対する認識に原因があります。例えばこの上司が私について、このように認識していたらどうでしょう?
このように上司が頭の中の印象で「こいつは軽んじてもいい部下だ」という仮説をたててしまうと、結果として私の意見は重要視されなくなります。
逆に私の話をちゃんと聞いてくれる上司の頭の中は、こんな認識かもしれません。
先ほどの別の上司と見ている私は同じでも、認識のスタンスがかなり違う。同じ話を耳にしても2人の上司が違う対応になるのは容易に想像できます。
そういうふうな状況に置かれている人がいるとしたら、それはとても理不尽なことです。しかし、これと同じような状況はみなさんの職場でも間違いなく起きているはずです。なぜならば人事評価を専門にやっているコンサルタントに話を聞くと、このような管理職が組織の中では平均的だという事実があるからです。
人事評価のコンサルタントが成立している理由は、上司に対する教育市場というものが存在していて、そこでダメな上司を鍛える需要があるからです。典型的な企業では、上司の部下に対する評価技術はあまりトレーニングされていないうえに結構へたくそなものです。
前の期から評価がいい部下はつねにいい評価のままにしたり、部下の長所が自分の長所と似ている場合にほかの全項目でも評価が甘くなったり、思い込みでグループ全体の失敗を特定の部下の責任として評価したりと、トレーニングを受けた上司でもまだ評価のバイアスがたくさん残っていたりします。
上司もそうやって人の評価を勉強しながら成長して、それが上手になった頃には出世して次のポジションに行くわけですが、問題は若手部下と仕事をしている間は、上司の大半がまだ部下への対応や評価がへたくそな状況にあるということです。
若手部下が生き延びる方法は
若手部下の話を聞いてくれない上司は若手部下と関係性の問題を抱えているのですが、それだけでなく特定の若手部下からすると「話を聞いてくれるいい上司」でも、ほかの若手部下とは同様の問題を抱えているかもしれません。これはそのような問題なのです。
では、その前提で若手部下はどうやってこの状況を生き延びていけばいいのでしょうか。
正面突破するためには「老練な手練手管で聞く耳を持たない上司の考えを変えさせていく」という技術がありますが、この連載は普通の若者のための問題解決法なので、さまざまなテクニックを駆使して難しい上司を懐柔しようというような難易度が高い上級者向けの解決策は後回しにします。
もっとシンプルに、誰にでも対応できる問題解決法とは何でしょうか。
要するに状況としては上司は若手部下について悪い思い込みをもっているから話をまともに聞いてはくれない。そこで「この問題は簡単には解決できない」と認識することによってできるオプションを絞ってみる、という考え方を採用しましょう。
上司の態度や思い込みが変えられないという前提で、どうすれば仕事で必要なことを上司に理解してもらえるか、オプションを挙げてみると、
この2つしか解決策はありません。
聞く耳を持たない上司に対して、「くそっ! おまえが自分の眼で見りゃすぐに気づくだろうに!」というののしりの言葉は意外と正しいわけです。関係性が悪く、聞く耳を持たない上司にわからせるには、上司に目撃させるのが1番で、それが難しければ、上司と関係性のいい部下や取引先にそれを目撃させるのがいいというわけです。
より簡単に言えば単独行動をしてはだめということです。できるだけ上司と同行するようにすれば、上司が同じものを目撃してくれるようになる。そう考えて行動してみるのです。
これで解決です。でもちょっと煙に巻かれたような気がするかもしれません。何か本質でないやり方でお茶を濁されたような。その気持ちはわかりますので、なぜこれでいいのかを検証してみましょう。
理不尽な状況が起きてしまう理由
みなさんがもしこの話に納得できない何かを感じたとすれば、その理由はみなさんの上司に対する間違った思い込みです。みなさんの上司に対する理想と言い換えてもいいかもしれません。
「上司とは、上司としての能力を持った存在であるべきだ」と。
でも世の中は理不尽なことに、たいがいの上司はそのポジションに理想とされる能力を持っていない。この現実から、みなさんが直面する理不尽な状況が起きるのです。
そこで考えるべきことは以下の2つのオプションのうち、どちらを選ぶことが現実的かということです。
この講座で強調したい点は「その問題は1.の解決策を選ばなければいけないほど重要な問題なのか?」ということです。
もしその問題が若手部下の人生を大きく左右するとても重要な問題で、その無能な上司から逃げてしまったら若手部下の人生の目的が達成できないとします。だとしたら1.の方法を選ぶべきです。
しかし、たいていの職場でサラリーマンが直面する理不尽な状況はそれほど重要な局面で起きている現象ではありません。ただ日常生活に、能力が若干劣った上司が関わっているような状況です。だとしたらそこで戦う意味があるか。
もし若手部下の直面する理不尽が、上司の脳の中で起きている現象によって引き起こされていて、それがやり過ごせるぐらいの理不尽さであったとしたら、そこでムダに戦わないという選択肢を選ぶべきだと私は思います。
戦わないことの最大のメリットは何でしょう。それは仕事で付き合っているうちに、上司の頭の中の仮説が書き換わる可能性が残るということです。もし根拠もなく悪い印象をもたれている上司と仕事でやたらとぶつかるようなことになれば、その後、上司の頭の中の前提が書き換わることは起きないでしょう。ムダに戦わずにやり過ごすということは、将来改善するかもしれないオプションをキープするという意味でもあるのです。
ダメな上司をうまくやり過ごすテクニック
ただ最後に「ただし」というアドバイスを付け加えさせていただきます。ただしこの場合にも絶対にやり過ごしてはいけないことが1つだけあります。それは上司に簡単な部下だとは思わせないことです。
相手は上司という権力を持ちながら能力がそのレベルにはない存在です。そのような上司になんでも「はい」と聞いてしまう簡単な相手だと誤認されると、嫌というほどこき使われる「パシリ」のような存在へと格下げされるリスクがあるのです。
ですから能力の低い上司に話を聞いてもらえないような状況に陥ったとしたら、聞いてはもらえない状況は諦めるとして、ちょっとだけで構わないのでその上司から「ただ命令すれば動く部下と違ってちょっと面倒くさいやつだな」と思われるように意図的に振舞う必要はあると考えてください。
実は、これは私が昔仕事をしたとても有能な上司から直接教わった手法です。変わる可能性が低い相手と付き合わなければいけない場合、問題を避けるテクニックとしては直接対決を避ける。しかし同時に問題を呼び込まないテクニックとして「『指示する際にちょっとだけ手間がかかる面倒なヤツ』であることをアピールする努力は忘れてはいけない」というのが私の教わった奥義だったのです。
ダメな上司とはムダに戦わないという生き方を「気に入らない」と考える読者も多いかもしれません。でもムダに戦う毎日にもし疲れたときにこの話を思い出していただけたら、やっぱりそれはムダなんだって気づくかもしれません。
文/鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表
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