2019.08.03

【令和元年】日本人なら知っておきたい【伊勢神宮の歴史と正しい参拝の仕方】

「お伊勢さん」という親しみやすい愛称や「お伊勢参り」という言葉が広く知られることからもわかるように、日本の神道の中心として、日本の誇りとしてたくさんの人々に長い間愛されてきた伊勢神宮。令和元年という新たな時代の節目を迎えた今、日本人の心のふるさととも呼ばれる伊勢神宮について、あらためて勉強し直してみましょう。新たな発見とともに、より「お伊勢さん」への思いが深まるはずです。

 

①正式名称や縁起

「お伊勢さん」「大神宮さん」など、いろいろな呼び名で知られる伊勢神宮。

実は、正式名称は「神宮」といいます。とてもシンプルですが、本来はこれが正式な呼び方なんですね。

さて、そんな神宮は、何もひとつのお宮だけを指してそう呼ばれているわけではありません。長い歴史を誇る皇室の御先祖である神様としても知られる、天照大御神を祀っている内宮(皇大神宮)、そして衣食住やさまざまな産業の守り神である豊受大御神を祀っている外宮(豊受大神宮)を中心に、14所の別宮と43所の摂社、24所の末社、42所の所管社、これら125の宮社全てを含む全体を「神宮」と呼ぶのです。

とはいえ、全ての宮社を一度にまわるのはあまり現実的なプランではありません。一般的に、伊勢神宮へのお参りというとまずは外宮(豊受大神宮)、そこからバス等で移動し内宮(皇大神宮)に参拝するのが普通です。年末年始など特に混み合う時期はそれも大変なので、内宮のみに参拝するという方もたくさんいますが、それ以外のシーズンであれば無理なくふたつのお宮をまわれるでしょう。そこで今回は、伊勢神宮の中心である内宮と外宮についてご紹介します。

・内宮

今からおよそ2000年前、第11代の天皇である垂仁天皇の時代から、皇位の象徴である三種の神器のひとつ・八咫鏡を御神体としてここに祀られているという天照大御神。天皇家の祖先、皇室の氏神として、国家の政治を祈るとても重要な神社として内宮の歴史ははじまりました。

今でこそ多くの人が訪れる伊勢神宮ですが、その神聖さから、当初は一般人の参拝は禁止されていたといいます。江戸時代以降には市井の人々へも開放されるようになり、いわゆる「お伊勢参り」が庶民の間でも大きなブームとなりました。

内宮の入り口にあたるのは五十鈴川にかかる宇治橋。宇治橋を渡り玉砂利が敷き詰められた参道を進んでいくと、神域である内宮にたどり着きます。その敷地内には皇大神宮をはじめいくつもの宮社があり、それぞれに天照大御神やその荒御魂、その弟神である月読尊、風雨を司る神である級長津彦命や級長戸辺命が祀られています。

・外宮

内宮からは少し離れた場所にある外宮は、今からおよそ1500年ほど前から豊受大御神を祀リ続けています。

衣食住、そしていろいろな産業の守り神としても崇敬されている神様である豊受大御神は、天照大御神の食事を司っている御饌都神(みけつかみ)。天照大御神を祀っている内宮と合わせ、丹波国から現在の地に迎えられたといいます。それ以来、外宮内にある御饌殿では、朝と夕の1日2回、天照大御神、そして相殿及び別宮に祀られる神々に食事を備える日毎朝夕大御饌祭が今も続けられています。