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【生誕110周年にぜひ行きたい!】太宰治ゆかりの地-青春・東京編-

ライフスタイル

2019.08.01

日本人ならその名前を知らない人はいないほどの文豪、太宰治。現在も広く愛読され、教科書にも掲載されている文学作品はもちろんのこと、その波乱万丈な生涯そのものに惹かれるファンも多いですよね。

1909年6月19日に青森県北津軽郡金木村、現在の五所川原市金木町で生まれた太宰治は、この2019年に生誕110年目を迎えます。その節目の年にぜひ訪ねてみたい、太宰治ゆかりの地をご紹介します!

 

①三鷹「禅林寺」のお墓

1909年6月19日、青森県に生まれた太宰治は、多くの人が知るところではありますが、自らその命を絶っています。それ以前にも4度の自殺未遂を起こしたり薬物中毒になったりと、さまざまなことに苦しんだ側面も目立つ生涯でした。1948年6月13日には山崎富栄という女性とともに玉川上水に入水。そして6日後の19日、くしくも39歳の誕生日である日の早朝に遺体が発見されました。

太宰治が亡くなった後埋葬されたのが、三鷹市「禅林寺」のお墓です。

東京都三鷹市は、太宰治が30歳の頃、結婚してしばらく経ってからその生涯を終えるまでを暮らした町。禅林寺の他にも、太宰治にゆかりのある場所がたくさんあります。結婚、そして三鷹への引っ越しは太宰治の作風にも大きな影響を与えたといわれており、この時期に『走れメロス』『女生徒』『富嶽百景』など広く知られる名作が生み出されました。作中にも三鷹周辺の店や風景などがよく登場するため、熱心な読者の方には馴染みのある土地でしょう。

禅林寺に太宰治が葬られることになったのは、もともと太宰治本人の希望もあったのだとか。『花吹雪』にも、禅林寺にある森鴎外の墓についての言及があります。「私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかった」という一文にも太宰治の思いがにじんでいるように感じられますね。太宰治も見知っていた森鴎外のお墓、その斜め前あたりに太宰治のお墓があります。

太宰治の遺体が発見されその死が発覚した6月19日は「桜桃忌」と呼ばれています。太宰治と同郷であり三鷹で暮らしていた今官一によってつけられた名称で、死の直前に執筆された『桜桃』という作品ともつながることから、友人たちにも広く受け入れられ、毎年多くの人が集い太宰治をしのんでいたといいます。

もちろん太宰治と直接関係のあった人の多くが現在は鬼籍に入っていますが、今も太宰治の作品を愛するファンが集まる貴重な場となっており、禅林寺を訪ねる人は後を絶たないのだそうです。

 

②伊勢元酒店跡地「太宰治文学サロン」

「太宰治文学サロン」は、太宰治が家族とともに暮らした三鷹市下連雀にある記念館です。2008年、太宰治の没後60年と翌年の生誕100年とを記念して、太宰治も生前通っていた伊勢元酒店の跡地に開設されました。

小説にも登場する伊勢元酒店の跡地ということで、ただ訪れるだけでもわくわくしてしまう太宰治文学サロン。定期的に企画展示が開催される他、直筆原稿の複製、初版本、初出の雑誌など、太宰治に関係する貴重な展示品をいくつも見ることができる、ファンにとっては垂涎の場所です。ガイドボランティアが10時30分から16時30分まで常駐しており、土日休日は希望すれば三鷹駅周辺にある太宰治ゆかりの場所を実際に案内してくれるのだとか。太宰治の足跡を実際にたどってみたいという方にぜひおすすめです!

③玉川上水

太宰治が入水し、その生涯を終えた場所である玉川上水。実際に太宰治と山崎富栄が水に入った場所はわからないままですが、三鷹駅から井の頭公園方面へと伸びる「風の散歩道」と呼ばれる道を進んでいくと、紫橋の手前に記念碑の置かれたスペースがあります。

この記念碑には、玉川上水が登場する太宰治の小説『乞食学生』の一節を抜粋したもの、そして太宰治の写真が刻まれています。

ふたりはこのスペースからもう少し紫橋へと寄ったあたりで入水したのだろうと推測されており、その場所には太宰治の故郷である青森県の金木町から運ばれてきた「玉鹿石」という石が置かれています。こちらにはレリーフや碑文などが全くなく、石にも文字等が刻まれていないため、あまり詳しくない方は通り過ぎてしまうかもしれません。

『乞食学生』の中で、「「四月なかば、ひるごろの事である。頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである」と、春の玉川上水を青葉のトンネルに例えた太宰治。玉川上水の緑の美しさ、自然の豊かさを自身の小説にも取り上げていた太宰治は、一体何を思って玉川上水に身を投げたのか……考えてもわからないことではありますが、その生涯に思いをはせながらゆっくり散策してみてはいかがでしょうか。


享年38歳というその短い人生の中で、実家との関係や女性との関係、自身の文章がなかなか認められないこと、病気など、いろいろなことに苦しみ翻弄されていた太宰治。その中で残された数々の名作は今なお人々に愛されています。

生誕110年という節目の年、新たな時代を迎えたこの2019年に、もう一度太宰治ゆかりの地を巡ってその足跡をたどってみませんか。そうした後に読む彼の小説は、きっとまた違う姿を見せてくれるはずです。

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