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妻を“部下扱い”するカンチガイ夫…関係性を変える方法とは

コミュニケーション

2021.05.30

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こんにちは。メンズカウンセラーの中村カズノリです。

 

前回(※)は、家事・育児は100%妻の役割だと信じて疑わないパートナーをもつCさんの相談について、夫婦で問題意識の温度感に差がある場合、まずできることは何かということをお話ししました。

 

今回は、なぜか家庭内にも仕事のやり方を持ち込んでしまうパートナーについて、少し深掘りしていきたいと思います。

 

なおここでは、Cさんのお話と僕自身の経験、過去のクライアントの事例などから推測した部分も大きいので、もしかしたら見当違いな部分もあるかもしれません。本来なら、パートナーご本人のお話も伺う必要があると感じています。というのも、双方の話の食い違いにより、さらに本質的な問題に気付ける場合もあるからです。

妻を“部下扱い”するカンチガイ夫…関係性を変える方法とは

Cさんいわく、パートナーはマルチタスクがわりと得意で、Cさんはどちらかと言えば苦手なほう。「夫自身が“できる人”なので、私の粗が目についてしまう。そのせいでつい『もっと効率的なやり方があるんじゃない?』と言ってしまうのではないか」と自分なりに分析していました。

 

とはいえ、実際に手を動かしているのは圧倒的にCさんで、パートナーは現場をよく知らないのに改善案を次々に出してきている状態です。仮にその助言自体は的確だったとしても、Cさんがそれをきちんと実践できる状況かどうかに無頓着では、マネジメントとは呼べません。

 

僕の正直な感想を述べるなら、「“現場上がりじゃないマネージャー”の指示には従いたくないよね」といったところです。

 

ほかにも、例えば子どもが水をこぼしてしまったときに、「そんなところに置いておいたのが悪いよね」と、まず正論をぶつけられるのがしんどい、と話すCさん。確かに置いた場所が悪かったことは認めるけれど、「片付け大変だね」と先に寄り添ってから「次はこうしたら?」と言ってほしいのに…と思ってしまうそう。こういう経験がある人も多いのではないでしょうか。

自分が慣れ親しんできた人間関係のパターンに当てはめてしまう

この「パートナーを部下のように扱い指導しようとしてしまう」問題、実は年齢差に関わらず“夫婦あるある”なんです。

 

これは必ずしも「自分が相手より上にいたい、相手に対して威張りたい」というわけではないんですね。単純に、対等なコミュニケーションに慣れていないだけ、ということが多いです。

夫婦のコミュニケーション障害

子どもの頃や若い頃を思い返してみても、親や先生、先輩にああだこうだと指導されたり、後輩ができたら今度は逆に指導する側に回らなくてはいけなかったりと、上下関係を学ぶシーンはほぼ強制的に発生します。それに対して、対等な友人関係を作るかどうかは任意。だから、関係性がより明確な先輩・後輩とで遊ぶほうが、同学年と遊ぶよりラク、という人もけっこういます。

 

あるいは、原家庭(生まれ育った家庭)のあり方、その人の父母が作っていた関係性を、そのまま踏襲しようとしてしまう場合もあります。当時とは社会情勢も価値観も変わってきているのに、その人にとってはそれが「普通」で、そういうものだと思い込んでしまっているんですよね。

“コントロールされる側”のほうが“する側”より省エネでラク

パートナーの人となりについて、Cさんのお話を伺って印象深かったのは、「もっと自分を上手に転がしてほしい」と直接言われたことがあるという点です。例えば、何か理不尽に怒ってしまうようなことがあったとき、心の中では「また変なことを言ってきたなぁ」なんて思いながらも、表面上は「ごめんなさいね、あなた」と自分を立ててほしい…そんな要望があったのだとか。

 

この話を聞いて、僕はつい「可愛らしい夫さんだなあ」と思ってしまったのですが(笑)、ここからわかることは、パートナーが実は“コントロールされたい人”なのではないか?ということです。

 

Cさんもご自身のことを「自分が引っ張るのではなく、人に引っ張ってほしいタイプ」と説明していました。つまり、夫婦共に“コントロールされたい人”と言えるかもしれません。

 

そういう気持ち、よくわかります。「気持ちよく自分を転がしてくれる人」に上手くコントロールしてもらえれば、自分は「決断」や「覚悟」のエネルギーを使わなくて済みますからね。省エネできて、とってもラクなんです。

 

ですが、コントロールする側は大変です。いわゆる「支配者」と呼ばれる歴史上の人物の写真や肖像画を見ても、なんだか不幸そうな顔をしていますよね。他人を支配するのって、ものすごくストレスがかかる行為なのだと思います。

無理して褒めるより“小さなねぎらい”のほうがずっと効果的

Cさんは友人に、もっとパートナーに「これお願いね」と可愛く頼って、「ありがとう!助かるわ、頼りになるわね」とおだてたほうがいい…つまり、世間で言う「夫の再教育」の必要性を説かれ、そうしたほうがいいのかなと悩んでいると言います。

 

これは一見「上手く転がしてほしい」というパートナーの希望とも合致するように思えます。けれども、Cさんの中には「どうして普段頑張っている私は全然感謝されないのに、ゴミ1つ捨ててもらうだけでそんなに夫に感謝して褒めちぎらなきゃならないの?」という、釈然としない思いがあるようです。しかも、先ほどもお伝えした通り、コントロールする側には大きなエネルギーが必要ですから、割に合わないと思うのも当然のことでしょう。

 

僕としても、この“褒め殺し作戦”は手放しでお勧めはできません。確かに1つの手ではあるけれども、「上手くおだてて相手を動かす」ことにも向き・不向きがありますし、今はただでさえ子どもが小さく手のかかる時期。そこに「夫育て」の「タスク」まで組み込んでしまうと、キャパシティオーバーになってしまう可能性があるからです。

 

パートナーを褒めるのは、Cさんが褒めたいときだけでいいんです。例えば、子どもが自分で服を着られたとき、靴を履けたときなんかには「すごーい!」「できたね!」「偉いね〜」と褒めちぎりますが、これって意識的にやろうとすると疲れてしまうもの。そして、その「頑張って褒めている感」が出てしまうと、褒められた方も素直に受け取れなくなってしまったりします。

 

なので、無理して褒めようとするより、「お疲れさま」「ありがとう」といった“ちょっとしたねぎらい”を、できれば毎日、お互いにかけ合えるといいですね、とお伝えししました。

 

そんなやりとりのなか、Cさんがパートナーに限らず、「誰かに甘えるのが苦手」というお話が出てきました。次回はこの「甘え下手の心理」について取り上げたいと思います。

文/中村カズノリ イラスト/竹田匡志

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