妻からの切り札。ふたりが望む未来に向けて行動に

——百合子さんは産後の気持ちを一人で抱えてしまっていたのですね。その後、おふたりはどうされたのでしょうか。

 

百合子さん:

夫を信じたい気持ちと信じられない気持ちとの間で揺れながら、自分の中で結論を出すため、産後10か月に新居を購入しました。日当たりが良くて、居心地の良い家です。一見前向きなことのように思えますが、私にとっては、このまま夫を信じるか違う道を歩むか、どちらに転んでも生きていけるようにと考えての決断でした。

 

この頃からコミュニケーションの方法も変えました。夫が自主的に私たちと向き合うのを待つのではなく、「本当に一家団らんが夢なら、働き方を変えて」とストレートに話すようにしました。同時に「私が仕事を再開したいのも知っているよね」と、ハッキリ思いを伝えることにしたんです。

 

遥さん:

妻からはたびたび「ふたりで話し合って決める」ことを求められていましたね。母乳で育てるかミルクも使うか、離乳食はいつ始めるか、保育園にするか幼稚園にするか…子どもを授かると、決断の連続ですよね。妻は全部ふたりで決めたかったんです。でも、僕は逃げていた。「いま仕事で忙しいからまた後で」「僕はわからないから任せるよ」と向き合うことを避けていました。

 

その積み重ねで、新居を構えた頃には家の中がギスギスしていて。妻のイライラの山が見えて、「1年後には噴火して跡形もなくなるかもしれない。離婚されるかも」とようやく「危機」に気づきました。

 

車の中で夫が号泣。夫の苦しみも分かち合い、新しい答えを出す

——おふたりはどんなふうにその時期を乗り越えたのでしょうか。

 

遥さん:

妻にいつ離婚を切り出されるか…と思っていた頃、仕事でも大きなミスが続いていて。そのタイミングで出張が入り、妻が空港まで送ってくれた車中で「家庭も仕事も両方とも大切にしたいのにうまくいかない」と思わず号泣してしまったんです。僕がいま仕事を辞めたら、会社も困るし収入もなくなると思うと、どうすればいいのかわからなくなって。

 

そのときに、妻が運転しながらひと言「もういいよ」って言ってくれたんですね。「話してくれてありがとう」って。

 

百合子さん:

「変わりたいのに変われないでいるあなたの苦しみに気づいてあげられなくてごめんね」と伝えました。「一家団らんができる生き方に変えていこうよ」って。

 

遥さん:

それに「二人で半分ずつアクセルを踏んで、育児も家事も仕事も一緒にやろう。世帯の総収入が下がっても構わない」と言ってくれました。「私が本気になれば、あなた以上に稼げるから」とも(笑)。「なるほど」と納得すると同時に、すごく気がラクになりました。当時の仕事はその2か月後に辞めたんですが、もう迷いはありませんでしたね。

 

百合子さん:

私はずっと、夫に「あなたにとって一家団らんって何?本当に一家団らんを実現する気はあるの?」と問いを投げかけ続けてきました。本人が言うように最初は逃げ腰だったけれど、この延長線上に先ほどの出来事があったと思っています。号泣した瞬間から、夫自身が自分でも気づかなかった気持ちを吐露できた。お互いの本音が出揃って、そこでようやく「私たちとしてどうしようか?」という「対話」に向けた問いに切り変えることができました。

 

遥さん:

どう乗り越えたかと振り返ると、一歩ずつ地道に「対話」を重ねていったことが大きいです。僕たちの場合は、車の中での30分の『夫婦会議』(夫婦の対話)が産後の夫婦のパートナーシップを再構築する最初の一歩になりました。

 

 

ふたりで乗り越えると心強い

——遥さんが退職した2か月後、お二人は会社を立ち上げられたのですよね。産後の危機を乗り越えてきた経験から生まれた『夫婦会議』のツールやサービスのなかでも「世帯経営ノート」が、2019年にキッズデザイン賞を受賞されました。これからさらに取り組んでいきたいことはありますか?

 

遥さん:

夫婦会議を実践された方々が、「この活動を広めたい」と言ってくださることが増えています。産後ケアや家事サポートの活動をされている方、助産師さんなど、夫婦のパートナーシップの大切さを実感している方が多いのですが、今後は僕たちと一緒に夫婦会議を広めてくださる方をもっと増やしていきたいです。

 

百合子さん:

現状『夫婦会議』は、結婚・妊娠・産後・育児期のご夫婦向けに提案していますが、なかでもお子さんがいるご家庭には特に当たり前に根付くようにしていきたいですね。なぜなら、親になる夫婦が織りなす「家庭」が子どもたちが最初に触れることになる社会そのものだから。自戒を込めての言葉ですが、子どもは親の私たちが思う以上に両親の関係性をよく見て記憶しています。

 

それから、夫婦仲は仕事にも大きく影響するということも、ぜひ知って欲しいです。 

 

夫婦で主宰する「産後夫婦ナビ」での調査結果からも「夫婦仲が仕事に大きく関わる」ことを実感している人が多いのがわかる。 

 

——産後うつの症状、また離婚の危機を乗り越えたおふたりが今、同じような経験をされている夫婦に何か伝えたいことはありますか?

 

百合子さん:

DVやモラハラ、浮気など決定的な何かがあったわけではなく、チリツモが重なって夫婦関係が悪化しているケースであれば、まずはお互いの本音に触れる勇気を出して『夫婦会議』をはじめてみてほしいです。その際、相手を信じると決めた自分を信じることを諦めないでほしい。 積極的に相手を信じ、「私たちの答え」を創っていこうとする姿勢が、より良い夫婦関係を育んでくれます。

 

遥さん:

僕たちの経験は決して特別なことではありません。ふたりで協力して問題を乗り越えられる関係は心強いものです。友達や実家、地域の助けも有り難いものですが、根っこはパートナー。お互いを信じて、夫婦で向き合い話し合う時間を大切にしてほしいですね。

 

百合子さん:

いざ夫婦で向き合ってみて、困ったときには外部を頼って欲しいですね。私たちを含め、困っている夫婦の助けになりたいと願っている人は多いんですから。 

 

 

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Profile 長廣百合子さん・遥さん

百合子さん/1984年福岡県生まれ、遥さん/1976年東京都生まれ。2013年に結婚し、百合子さんは2014年に出産。産後うつ、産後クライシス、ワークライフバランスなどの危機に直面した経験を活かし、2015年に夫婦でLogista株式会社(https://www.logista.jp/)を設立、共同経営者となる。子育て夫婦のパートナーシップを育む「夫婦会議」のツールや講座・研修などを展開。

 

取材・文/高梨真紀