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「こんな家に生まれた自分が憎い」虐待を経験した男性が、発信するようになるまで

子育て

2020.02.24

「亡くなった弟のところに行きたい」と思った

橋本隆生さん

それでも橋本さんは、「お父さんやお母さんが優しくなるにはどうしたらいいのか」を考え、感情を殺して言われた通りに生活することを決めます。勉強してテストで良い点をとり、作文で賞を取り、頑張ってリレーの選手になり…。でも、父親と継母の態度は変わりません。

 

ある日、100点を取ったテストが無造作に捨てられているのを見て、橋本さんの気持ちがプツンと切れます。「(虐待を受けた末亡くなった)弟のところに行きたい」と考えるようになりました。

 

小学6年生の頃、「もう死のう」と歩道橋から飛び降りようとしたことも、手首を切ろうとしたこともあるそうです。でも、怖くて死ぬことができません。そんな橋本さんの心に浮かんできたのは、「幸せそうに見えて腹が立つ」という、周囲に向けられた怒りでした。

 

中学生になってからは虐待も一層激しくなり、父親から包丁を向けられたり、鉄パイプで殴られたりするように。度々家出をするようになり、カツアゲや盗みを働いたこともありました。

 

「あの頃、人を殺したり誰かに殺されたりしても構わない、と思っていました。失うものは何もないし、悲しむ人は誰もいないと思っていたんです」と、橋本さんは振り返ります。

 

何度か児童相談所に保護された後、親元を離れて児童養護施設で暮らすようになりましたが、そこで一気に気持ちを抑えることができなくなり、キレると手が付けられないほど「凶暴化」。さらに、施設でも職員から子どもへの虐待を目撃し、大人に対する敵対心も大きくなります。「父親と継母を殺すこと」を目標にして過ごしていたそうです。

 

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