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「悪意ない言葉に傷つく子」が抱える本当の不安

子育て

2021.09.14

人は誰一人として同じ人がいないからこそ、気持ちの伝え方や関係性に悩むことがあるのかもしれません。

 

「子どもも大人もしんどくない保育」を目指し、SNS発信が話題の保育士・きしもとたかひろさんが、子どもと関わるなかで出会ったエピソードを元に、その子の気持ちの受け止め方や関わり方への思いを綴ります。

「悪口を言われた子」

「仲のいい友達に名前で遊ばれてつらい」と悩んでいる子がいた。いつも年上の子たちについて回るその子は、末っ子のような存在としてみんなから可愛がられていた。

 

年上だからというのもあるのか、自分では嫌だと言えないというので、代わりに僕がその子たちに話をすることにした。

 

何か恨みがあってやったことではなく、ふざけていただけの様だった。すぐに「悪いことをしちゃった」「もうやめよう」「あやまろうか」と話し合っていた。

 

その後、名前で遊ばれることはなくなり仲良くしていたので、後腐れもないと思っていた。けれど、その子はまだ納得していないようだった。それを見て「解決してんから、あんまり根に持ちなや」と思ってしまっている自分がいた。

片方から話を聞いて、それをもう片方に伝えるときには、一方的に「怒られた」とならないよう配慮する。

 

大人の僕から真面目な話があるというだけで身構えるだろうから、相談があるんだけれど、と声をかけて、怒ったり叱ったりするわけじゃないよ、と事前に断りを入れる。

 

そのうえで、ある子から相談を受けてね、と切り出す。これも、陰口とかチクリのように伝わらないように、「あなたたちを責めている」ではなく「その子が不安になっている」ということを話す。

 

自分たちが怒られるかもしれないとか、自分に敵意を向けてきている、と思われてしまないように細心の注意を払う。丁寧にじっくりと言い分を聞き、それに応える。

 

悪者を見つけて断罪したり、無理に関係を修復しようとするわけではない。あくまでもその子たち同士の関係であること、その中で言葉足らずになっていたり、うまく相手に伝えられないことを手伝うだけだ。

 

だから、「少し意地悪な気持ちもあったんじゃないか?」と思っても、本人が「そんなつもりなかったのに」と言えば疑いの言葉はかけない。

 

「そんなつもりがなかったんだね」と受け止めたうえで、傷つけるつもりがなかったのだから、傷つけていたことに気づけて良かったね、ということを伝える。

 

傷つけるつもりがないのなら、相手が傷つくことはやめる。

 

その言葉の通り、その子達は名前で遊ぶことをやめることを約束し、相談してきた子に対して「お前チクったんか」という雰囲気にもならず、促してもいないのに「ごめんなあ」と素直に謝っていた。

 

また一緒に遊び始めたけれど、まだ納得がいかない様子だった。許せないとか引きずっているというよりは、不安が残っているように見える。

 

謝り方に不満があるんだろうか、チクったと思われているんじゃないかと不安なのだろうかと考えたが、どれも違った。

 

詳しく話を聞くと、その子は「わたし、嫌われてへんのかな?」と言った。

その子の辛さは、名前で遊ばれることという表面的なことだけではなく、友達から名前で遊ばれるような、馬鹿にされるような関係であることだったのだ。

 

遊ばれて傷ついているだけでなく、「大好きなみんなから嫌われているのかもしれない」という不安。じっくり聞くべきなのはこの子の思いだった。

 

僕は、ただ「名前で遊ばれること」がイヤだと思い、その行為をやめるように代わりに伝えて解決したつもりでいた。一番大事なのは、その子の不安が解消されることだったのに、それを怠っていた。

 

「嫌われているから意地悪されているんじゃないか」という不安で僕に相談してきたのに、それに気づかずに、いや、はなからそんなことを気にせずに、問題を解決することばかりに目がいっていた。

 

今度はその子の思いをじっくり話を聞いて、もう一度話をして、ようやく不安は解消されたようだった。

 

後日、仲間たちと楽しそうに遊ぶその子に最近どうかと声をかけると、「べつに」と冷たい返事が返ってきた。「冷たいなあ!」とつっこむと、笑いながら離れていった。

 

ただ素っ気ないだけやんな、と自分に言い聞かす。仲良く遊んでいるのを見られた照れ隠しかもしれない。まさか嫌われてしまったなんてことはないよねと不安になる。

 

「あんまり根に持ちなや」とどこかの誰かが言っている。

 

文・イラスト/きしもとたかひろ

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