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「“適切”なコミュニケーションでないと人は生きていけない」のだろうか

子育て

2021.08.10

人は誰一人として同じ人がいないからこそ、気持ちの伝え方や関係性に悩むことがあるのかもしれません。

 

「子どもも大人もしんどくない保育」を目指し、SNS発信が話題の保育士・きしもとたかひろさんが、不安から抜け出せるような知識と、「こうあるべき」から解放されるような視点で読み解いていきます。

「キャッチボール」

乱暴な言葉を使っている子にその言葉を言い直させたり、自分の意見をあまり言わない子に無理に喋ってもらおうとしたり、コミュニケーションをとるときに「もっとこうした方がいいよ」と、適切な形を求めることがある。

 

けれど最近、その「適切なコミュニケーション」に固執するあまり、かえってコミュニケーションがとれなくなっているのかもしれないと感じたりする。

会話やコミュニケーションをキャッチボールに例えることがある。その例えでいくと、その子はボールを投げてきたことになる。それが試し行動であれ間違えた方法であれ、その子は僕になにかを投げてきている。

 

その投げてきたものを、僕はちゃんとキャッチしているんだろうかとふと思う。ボールを追いかける前から「なってないなあ、こう投げるんだよ」って投げ方を指摘していないだろうか。

 

自分の投げた球を無視されて、どうしてキャッチボールをしようと思えるだろうか。

 

その子がどんなボールを投げてきても、届いてないなら拾って、明後日の方向に転がっていったなら追いかければいいのに、僕は突っ立ったまま「ここに投げてよ」とグローブを突き出している。

 

どんな球でも僕が拾って、その子がキャッチできる球を、ワンバウンドさせるのか転がすのか、はたまたほとんど手渡しかはわからないけれど、その子のグローブにボールが収まるように投げられたなら、上手くはなくてもちゃんと僕たちはキャッチボールができるんじゃないか。

ボールが逸れるたびに怒る人と、転がるボールを追いかけて楽しんでくれる人と、どっちとキャッチボールがしたいだろう。

 

大人はいい子育てをしようと、矯正したり、正しい形に導こうとしたり、つい偉そうにコーチをしてしまう。けれど、その子との関係づくりをまず目指すのであれば、まずは下手くそでもキャッチボールを楽しむことだ。

 

間違った方法で成功体験をすると、それが正しいと思ってしまって上手に投げる努力をしなくなるんじゃないか。球を追いかけてくれる人ばかりではないだろう。

 

そんな心配もあるけれど、キャッチボールが嫌いになってもう誰ともしたくないって思ってしまったら、正しい投げ方もないよね。

 

下手くそでも追いかけてくれる人がいるのなら、もう少しやってみようかなって思うかもしれない。繰り返すたびに、少しずつ上手くなるかもしれない。もっと上手に投げたいと思ってコーチをお願いしてくるかもしれない。

 

「適切なコミュニケーションでないと生きていけない」ではなく、どんな形であってもまずは「自分は誰かとコミュニケーションが取れるんだ」って感じられる経験を目指してみるのはどうだろう。

 

もちろん、こちらが拾ってばかりではダメかもしれない。相手の受け取れる球を投げるのもコミュニケーションのひとつなんだから、相手をひとりの人として尊重するのなら、なおさら投げ方を教えてあげないとって思ったりする。

 

けどね、そこでまたふと思うのだ。じゃあそもそも僕は、その子が受け取れるボールを投げているんだろうかって。

 

僕が投げた下手くそな球を、その子が拾ってくれているのかもしれないのだ。

 

文・イラスト/きしもとたかひろ

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